お釈迦様が何千年も前に説いた階層は実は本当だった?!

釈迦はこの世を餓鬼界、鬼畜界、畜生界など階層に分けて説明したのは実はこの世はバーチャルであることを説いたものです。釈迦は魂のレベルを仏性として説明しその方の気付きの深さに応じて住む場所が異なることを説きました。人が人を食い合う世界や、人と人が争う世界、人が欲に溺れ、欲に振り回される世界、人と人が協力し合って生きる世界など、、、その方の仏性、バイブレーション、霊格によって住む世界が変わってくると説きました。なぜそのような様々な世界が存在するかといえばこの世はゲーム、茶番劇だからです。そのため釈迦は輪廻転生についてもあると言えばある、ないと言えばないと話したのです。茶番劇、ゲームとしてはある、ですが実態は空、存在はしないということです。

 

釈迦が文章ではなく口頭でこの世の仕組みを説いたのは茶番劇について話すか、空について話すかで全く論点が異なるから

茶番劇、ゲーム上のルールについて話をするのか、空について話すのかによって全く論点が異なってしまうため釈迦は文章での説法をしませんでした。今の時代はパソコンやゲーム、映画などバーチャルリアリティーについて説明できる例えがいっぱいありますが昔はそんなものはありませんから説明がつきません。ですから悩む人の視点にたって分かりやすく、この世、あの世、空について説明したのです。

 

般若心経について説明が出きるお坊さんがほぼ皆無なのは方便の世界に囚われているから

私は釈迦の教えについて探求した際に般若心経が分かりやすいのではと思い徹底的に著名なお坊さんが書いた書籍、解説本を読み漁りましたが明確に、矛盾無く説明できている本が皆無であることに驚きました。これはキリスト教、仏教、イスラム教全ての宗教に言えることですが本質を説明するための<例え話><比喩表現>が時代を超えて真実に刷り返られ例え話を真剣に暗記する、妄信するという皮肉なことが起こったことが原因です。仏教では説明時に使う例え話を方便と言いますがこの方便が主役になっていて今の時代では矛盾だらけの解説になってしまっているのです。そのため真面目に真実を探求しようとしますと方便との矛盾が生まれお坊さんをやれなくなってしまうという皮肉な結果が生まれたのです。

 

方便でガンジガラメになり葬式仏教に落ちぶれた

現代のお坊さんの辛いところは、真剣に本質の探求を始めますと宗派の教えとの間に矛盾が生じてきてしまい職業としてやっていくのが難しくなってしまうことです。本来であれば矛盾がなくなるように時代時代で教えを変革しなくてはならないのですが本質を理解できていないとそれすら出来ません。結果何も分からないがひたすら暗記して職業にするという葬式仏教に多くの宗派は落ちぶれてしまいました。本質を理解した釈迦が文章で説明するのが難しかったために時代が移り代わり方便の方便による方便のための仏教になってしまったのです。本当に釈迦が言いたかったことは<この世はゲームであり実態はなく、ただ実態はないがこの世で味わう体験は本物である>ということに尽きます。