なぜ社会問題にそれほど怯えなくても良いのか?

年金問題、高齢化社会問題、AI化による職業の削減、、、TVをつければ様々な社会問題がニュースとなり多くの方はこれに怯えています。思い起こせば私が物心ついた当時からこれら社会問題は常に頻繁にありアメリカとの貿易摩擦、円高問題、日本の借金問題など問題がなかった時代はありません。私たちはこれら社会問題に対しこれからも怯え続けなくてはならないのでしょうか。全く怯える必要はありません。算命学ではその方が宿命に沿った生き方、あるがままのいき方、自然な生き方をする時、環境はそれを応援すると説きます。つまり環境の良い悪いはその方の生き方が決めると断言しているのです。環境問題、社会問題が自身に直接危害を加えるか否かは自分自身の生き方にかかっているのです。つまりTVのニュース番組を見て怯える必要は全くないのです。娯楽ぐらいに捉えれば十分です。

では地球の裏側で食料に困っている人を見殺しにしていいのか?

環境問題や社会問題を重く受け止めなくてもいい、と説明しますと何か薄情で、無責任な考え方と思う方もいるかと思いますが全く薄情ではありません。算命学はその方のやり方でその方が楽しく思える方法で周囲の役に立つだけで世界全体が変わってしまうと説いているわけですからあなたが周囲にあなたらしく貢献することこそが地球全体の奉仕になるのです。これはペイフォワードの考え方とは全く異なります。あなたが周囲に自分らしく貢献することであなたの調和がとれ、あなた=宇宙であることから全体の調和が取れるという壮大な考え方なのです。

 

あなたなりのやり方で社会に貢献できていれば地球はひたすら変化する

ではあなたがあなたらしく生きればTVニュースで怖いニュースが無くなるのかというとそうではありません。社会問題は勿論常にありますから探せばでてきます。そうではなくてあなたがあなたらしく生きていれば少なくとあなたには問題が起きなくなるということです。どのような問題であろうとあなたにその問題が降りかかることは無くなります。

 

親のために、配偶者のために、子供のために自分らしさを失えば結局は環境に淘汰される

親のために、子供のために、配偶者のために自分を犠牲にして守るという考え方は美談ではありますが全く上手くいきません。あなたらしいやり方で、あなたらしい生き方でなければ周囲に奉仕しても環境に淘汰されます。自身の調和がとれていない以上環境はその人の味方になりません。自分の調和=宇宙の調和です。周囲の調和を一時的にむりやりとってもそれで自分自身の調和を崩してしまえばそのまま環境は調和を崩します。