意識、ワンネス、空が身体よりも偉大ということではない

意識が、ワンネスが創造して作り出したこの身体は、この世のゲーム上の意識、ワンネスの乗り物です。この身体なくしてワンネス、意識は何の体験もすることができません。ですから意識はこの身体よりも優れているのではなく意識、ワンネス、身体は同等の価値があります。身体が意識、ワンネスよりも勝っているのでもなく、意識、ワンネスが身体よりも勝っているのではありません。全ては同価値、偉大な存在です。

 

身体を大切にするということはワンネスを大切にすることと同義

ですので意識、ワンネスが選んだこの世の乗り物である身体を大切にすることは、ワンネスの偉大さに気付くことと同じぐらい重要なことです。この身体があるからワンネスは体験を経験できるのであってこの身体が無ければワンネスは何も経験できないのです。これはこの身体に執着せよと言っているのではなくワンネスの乗り物であるこの身体はワンネス同等の価値があるということを伝えたいのです。

 

ヨガではこの身体に徹底的に向き合うことでワンネスとの合一を目指す

太古の昔からヨガではワンネスの乗り物であるこの身体に徹底的に向き合うことでワンネスとの合一を目指しました。自身がワンネスであることを身体を通じて、ヨガという動きを通じて感じることを目指したのです。身体の滞りを排除し生命力の流れを改善し、自身が生命力の塊、生命、ワンネスであることを身体を通じて実感していきます。

 

書籍で気付きを得ても、ヨガで気付きを得ても、算命学で気付きを得ても何でもいい、それも自由

どの宗派もうちの宗派こそが最も深い気付きを得れると主張しますが実際は何でもいいのです。宇宙、ワンネス、大いなる一つは気付く方法を一つしか創造しないなんていくけち臭いことはしません。70億人近くの人間がいる、身体があるということは70億通りの気付きを体験したいのであって一つでしか気付きを得れないのならば同じ体験ですからそもそも70億人の乗り物は必要ないのです。70億通りの気付きのプロセスこそワンネスは体験したがっているわけです。