本当の自分を思考と同一視することで不幸がスタートする

本当の自分は空、ワンネス、大いなる一つなのですが、、、これが思考と同一視されることで不幸は始まります。空、ワンネス、大いなる一つは決して小さくならないし失われないし、完全完璧です。この完全完璧な存在が思考と同一視することで思考目線で全てが観察されます。思考こそを自分と認識します。これは勘違いであり、間違いであり、真実とはかけ離れています。完全体がこの身体のみが自分であると錯覚するわけですからこれは大きな問題です。不足感、欠乏感に日々襲われる結果になるのです。物質的、精神的飢餓状態の始まりです。不幸がここでスタートします。大いなる一つの大いなる勘違いで不幸ゲームの幕が上がるのです。

 

不幸とは不足感、欠乏感のこと

なぜ私は欲が強いのか、なぜ私はこの仕事では満足できないのか、、、全ては不足感、欠乏感が生み出します。大いなる一つが、この小さな身体を思考を自分と勘違いするわけですからこれは凄まじい不足感です。なぜ?満たされない?日々思考はこの不足感を埋めるために奔走します。おかしい、、、全然満たされない、、、こうして人は飢餓ゲームをこなすことになるのです。特にパワフルな人ほど思考にパワーが集まりますからこの不足感は一層大きくなるのです。凄まじい勢いで目標や夢を達成していきます。

 

不幸=ネガティブな事件では一切ない

不幸=不幸な出来事では断じてありません。不幸とは不幸な出来事が起きたからこそなることではなく勘違いで起こります。大いなる一つである本質、神、空、ワンネスがこの小さな身体、そしてその脳で考えられる思考こそを私と勘違いした時点から、、、不足感に苛まれるのです。鮮明な思考、パワフルな思考の方ほどより強烈な自我が形成され大いなる一つとの分離が起こります。この不足感、欠乏感が不幸なのです。出来事があなたを不幸にしたことは今までもなく、そしてこれからもありません。出来事ぐらいでワンネスを不幸になど出来ないのです。ワンネス自体の勘違いでしかワンネスは不幸を味わえないのです。

 

株価の下落、景気低迷、給料削減も全て、、、ワンネスを不幸にすることは出来ない

目の前の出来事で人が不幸になる(不幸になれる)のはワンネスがありのままで経験していないからです。本来ワンネスはありのままで絶対幸福ですから不幸になどなれないのです。事件も全て何も関係ありません。ワンネスが不幸と感じる体験を身体を通じて出来るのはまさにこの身体を自分自身と勘違いできる人間設定があるからです。この勘違いスペシャルによって思考が不足感という大きな仕掛けを作り出し、不足感を埋めたいという原動力を作り出したのです。ですから目の前に起きる不幸と称される出来事の一つ一つはただの現象に過ぎずそこと本当の幸福とは全く次元の違う話なのです。