シークレットに代表される引き寄せの法則からノンデュアリティーへ

引き寄せの法則はなぜブームが終わったのでしょうか?顕在意識、潜在意識を書き換えてお金や幸福を引き寄せるという引き寄せの法則、私も夢中になって読んだ時期はありますがこの世は身体を使って動かなくてはならない星、思っているだけで幸福が引き寄せられるという考え方は無理があります。わざわざ身体を使ってこの世にうまれたいじう思っているだけで幸福になれるのならば身体を使う意味が無くなります。実際には幸福は引き寄せられることはなく自身が自身の思うがままに、あるがままに行動を起こした時に感じる体験が感動を生み生まれてきた喜びを感じます。我々そもそもの存在が幸福ですからあるがままで幸福なのです。幸福を外に求めることが間違っています。

 

ノンデュアリティーに救いを求める現代人

引き寄せの法則に見切りをつけ次に注目を集めるのがエックハルトトールや大和田さんに代表されるノンデュアリティーの世界、いわゆる悟り系と呼ばれる考え方です。幸福は引き寄せることではなく、努力もいらない、プロセスもいらない、なぜならばこの世は非二元の世界、分離は無くあるのはワンネス、空ただ一つ。自分という存在もなくあるのは意識のみ。時間もなく過去も無く、未来もない、、目に見える空間がそのまま自分、という考え方。努力も霊的向上すらいらない、、、。意識の観点を変えれば自分はいないという考え方。この考え方は極論事実ですがこれは体感した人間しか救われない、、体感する前に知っておけば体感した時に驚かないという高度な知識です。釈迦もこの境地に達し色即是空、空即是色を唱えました。ただこれを悩める一般人に説明されても自分の自我が必死になって空の境地を探るのみ、、自我が必死になって見つけれる代物ではありません。

 

算命学はこの世をゲームと俯瞰し、ゲームに無我夢中になることで解脱を図る

自我に対してこの世は実は空であるという説明をしても今度は自我が必死になって空を探してしまいます。自我が探している時点で空は見つかりません。自我がないという境地が空だからです。思考で空は見つけかれないのです。一方算命学は自我、思考に訴えかけます。自我、思考に対しその方の宿命を説明しこの世に生きるというゲームに没頭することをお勧めします。自我、思考とどっぷりよつになって生き切ることを勧めます。無我夢中になることで我を忘れ無の境地を感じることを勧めるのです。思考をはじくのではなく思考が入る余地がないほどに人生を味わい尽くし悟ることを勧めます。