中田英寿
中田 英寿は、日本・山梨県甲府市出身の元サッカー選手。元日本代表。愛称はヒデ。国際サッカー評議会諮問委員。株式会社東ハト執行役員。一般財団法人「TAKE ACTION FOUNDATION」代表理事。観光庁「アドバイザリー・ボード」メンバー。ウィキペディア 生年月日1977年1月22日 (40歳) 生まれ山梨県 甲府市 身長175 cm 体重72 kgポジションミッドフィールダー

中田英寿さんの全体運

日干支 月干支 年干支

※中田さんの陰占(誕生日をエネルギーに変換したもの)

1977年1月22日生まれ 己卯日生まれ 引退してからの彼の活動は常にマスコミの注目を集めています。 己卯(日干支)は 春の田園、春の大地です。 この方は新しいことを始めるのが得意です。そして新しいことを始めることが使命でもあります。 NPO法人を立ち上げたりする中田さんの活動は運命に合っています。 ただし、己土(魂)の方の特徴として、変化に弱いというのもあります。 大地は動きません。環境の変化に臨機応変に合わせるのは苦手です。 むしろ、周りを上手く自分のペースに合わせるよう促すのが得意です。

中田英寿さんの仕事運

申酉天中殺 玉堂星 天堂星・初年期
車騎星 貫索星・守備 石門星・和合
天胡星 鳳閣星・伝達 天禄星

※中田さんの人体図(陽占) 性格やパワーの特徴を表す。

陽占(本能)をみますと、中心星は貫索星(守備の星)。この星は、自分自身の世界を確立していくのが得意です。 職人的にコツコツと単独で築き上げていきます。 また、初年期に天堂星というお爺さんの星がありますから、幼少期から落ち着いた印象を周りに与えます。 仕事の星は 石門星(守備の星)。組織で何かを作っていきたい人です。まさにサッカーは合います。 そして、南に鳳閣星(伝達の星)がありますから、これは何かを社会で伝えたい人です。 何かメッセージを伝えていく事で精心が満足していきます。現在の活動はこの星を消化しているのではないでしょうか。 そして、この鳳閣星(伝達の星)にすべてのエネルギーが集まっていますから、今後も何かを伝えるメッセンジャーとして世界中を動き回っていくのではないでしょうか。 申酉天中殺(配偶者、プライベート、結果の場所が欠けている)の方は働き者ですから、セミリタイア生活は合いません。

中田英寿さんの行動領域三角形(16.38.53)

中田英寿さんの能力分布図[行動領域三角形(16.38.53)]

中田さんの行動領域をみますと全領域(東西南北)に能力を所有しています。中田さんは自分自身がしたいこと(欲求)をバランスよく能力を発揮して実現出来る方ですし、広い人間関係を築くことも出来ます。世界中の著名人とコネクションを持つことで有名ですがこれは彼の行動領域の広さから自然なことですし、この部分を今後の仕事に活かすことも自然なことです。欲求は伝達に向かいますからこの伝達(例えば日本酒のバーを開く)欲求はバランスの良い能力と幅広い人間関係で達成することは中田さんにとってこの世の役目を果たすことになります。

29歳引退の真実

彼は29歳の若さで引退しましたが、一つポイントがあります。彼は目上や同じレベルの人間、プレーヤーとは大変上手くいきます。ですが自分より下、格下のレベルのプレーヤーとは上手くいきません。それは守護神という考え方があり目下の場所は中田さんの存在にとって難しい、扱いずらい存在になっているのです。下が増える、自身よりも経験が少ない選手が増えれば増えるほど色々な意味でやりずらくなるのです。ですからプレーヤーとして同格、もしくは上のレベルの中でなら活躍しやすい(この場合は恵まれています)のですが教育者になったり、コーチになったり、もしくは監督になることは彼にとっては茨の道です。この選択肢は当然彼を鍛えますから悪いという意味ではなく難しい道であるということです。

29歳というサッカー選手としてはベテランの領域の前に引退することは決して時期尚早な決断ではなかったと考えます。

引退後サッカーとは距離を置く彼の姿は自然な流れです。

日本文化の良さを伝えるというミッションで海外で伝道師として活躍しています。これは伝えることが彼の生きがいになるよう設定されています。ところがこの伝えるという行動自体は彼を鍛える行動、伝えるという行動を起こすと運気が不安定になるよう設定されてますからこれは生きがいでもあり、茨の道でもあります。

 

 

中田英寿さんの恋愛運

中田さんの恋愛運について鑑定したいと思います。先ず求めるタイプは西の星が車騎星。彼はプライド高く生きている女性を求めます。また彼はプライベートでプライドを誇示したいとも考えますから周囲から評価されるようなパートナーを選ぼうとします。これは彼の内面の顔でもあり、、ここで共鳴できる人を求めます。

ただし彼が求める車騎星タイプの女性は(金星)です。金星は中田さんの中心星である貫索星(木星)を剋します。彼はパートナーから苛められる関係になります。本来プライベートとの場所と、本人の場所の関係は相生が望ましいのですが彼は相剋の関係、そんなに楽な関係は築けないのです。

以前柴咲コウさんと噂がありました。彼女との関係は大半会(発展)に干合双連(くっつきやすく安定)になります。無意識の世界は相性抜群です。ところがそれぞれの日干支(自身のエネルギー)は全く蚊帳の外です。外堀だけ埋められた関係です。盛り上がった時点はあっても冷静になってきて冷めてしまったのかもしれません。それぞれの大運(10年スパンの運気)にお互いの干(星)が巡っていました。この場合、それぞれを意識しやすくなります。

 

柴崎コウ

柴崎コウさん

柴咲 コウは、日本の女優、歌手である。本名非公開。 東京都豊島区生まれ。スターダストプロモーション所属。ウィキペディア

中田英寿さんと柴崎コウさんの行動領域の重なり(52.32.58)

中田英寿さんと柴崎コウさんの行動領域の重なり(52.32.58)青が中田さん

中田さんと柴崎さん

中田さんと柴崎さん

性格の相性 本命度 身体の相性
  ×  ◎

中田さん    中心星 貫索星 西の星 車騎星 申酉天中殺

柴崎コウさん 中心星 禄存星 西の星 貫索星 子丑天中殺

※中田さんの性格(貫索星)と柴崎さんの性格(禄存星)は木(貫索星)剋土(禄存星)で相剋の関係です。柴崎さんにとて中田さんは刺激的ではありますが厳しい相手にもなります。一緒にいて楽な相手ではありません。

※中田さんの理想のタイプ(性格)は車騎星タイプです。この星を柴崎さんは二つ所有します。柴崎さんの理想のタイプは貫索星です。この星を中田さんは中心に所有します。中田さんにとっても柴崎さんにとってもお互いがお互いにとって理想のタイプです。柴崎さんは一緒にいて刺激的なタイプを理想とし、中田さんはそのタイプです。

天中殺の相性 中田さんは申酉天中殺、柴崎さんは子丑天中殺です。この組み合わせは現実的な結びつきよりも精神的な結びつきが強い関係です。

 

過去に噂になった女性(滝川クリステルさん)との相性を占う

滝川クリステル

滝川クリステルさん

滝川 クリステルはフリーアナウンサー、動物愛護生物保全活動家。本名は滝川 ラルドゥ・クリステル雅美 。愛称は滝クリ、クリステル、クリちゃん。身長160cm、血液型AB型。 ウィキペディア

中田英寿(青)さんと滝川クリステルさんの行動領域の重なり(重なりあり)(28.46.54)

中田英寿(青)さんと滝川クリステルさんの行動領域の重なり(重なりあり)(28.46.54)

滝川さんと中田さん

滝川さんと中田さん

性格の相性 本命度 身体の相性
 △  △

中田さん 中心星 貫索星 西の星 車騎星 申酉天中殺

滝川さん 中心星 貫索星 西の星 禄存星 午未天中殺

※中田さんの性格(貫索星)と滝川さんの性格(貫索星)は同じです。分かりあえるタイプではありますが張り合う部分もあります。

※中田さんの理想のタイプは車騎星タイプです、滝川さんはこの星を所有します。滝川さんの理想のタイプは禄存星タイプです。中田さんはこの星を所有しません。中田さんにとって滝川さんは理想のタイプですが、滝川さんにとって中田さんは理想のタイプではありません。

※中田さんは申酉天中殺、滝川さんは午未天中殺です。この二つの天中殺の組み合わせは、物質的、物理的には補いあえる関係ですが精神的な部分は共鳴しにくい関係です。

天中殺の相性 準備中

⇒滝川クリステルさんの鑑定結果

 

過去に噂のあった女性との相性を占う

宮沢りえ

宮沢りえさん

宮沢 りえは、日本の女優、ファッションモデル、歌手。東京都練馬区出身。身長167cm、血液型はB型。エムツー企画所属。女優として映画、舞台、テレビドラマなどに出演。日本人の母親と、オランダ人の父親を持つハーフ。 ウィキペディア

宮沢りえさん(赤)と中田英寿さん(青)のストライクゾーンの重なり(共通部分あり)

宮沢りえさん(赤)と中田英寿さん(青)のストライクゾーンの重なり(共通部分あり)

中田さんと宮沢さん

中田さんと宮沢さん

性格の相性 本命度 身体の相性

中田さん    中心星 貫索星 西の星 車騎星 申酉天中殺

宮沢さん   中心星 調舒星 西の星 車騎星 戌亥天中殺

※中田さんの性格は職人の星、マイペースの星、貫索星です。宮沢さんの性格は激しい星、感性の星、表現者の星、調舒星です。この二つの星の組み合わせは木(貫索星)生火(調舒星)で相生の関係です。中田さんが自然と宮沢さんをサポートする、支える関係です。宮沢さんの良さを中田さんが引き出してくれる関係です。性格は良好な相性です。

※中田さんの理想の女性像はプライド高く闘う女性です。車騎星タイプの女性です。その星を宮沢さんは西の場所に持ちますから中田さんにとって宮沢さんはタイプの要素を持っています。宮沢さんにとって理想のタイプは中田さん同様にプライド高く闘う男性です。車騎星タイプの男性を求めます。中田さんはこの星を西の場所に所有します。それぞれが理想の星ど真ん中ではありませんが理想の要素を持っています。

天中殺の相性 準備中

⇒宮沢りえさんの鑑定結果

 

中田さんの気エネルギー(数理法とは)

自分の宇宙、世界(陰占)に存在する五種類のエネルギー(五行)の量を数字にして表したもの。気エネルギー、車でいうところのガソリン量。200~220ぐらいが平均、中田さんはこのガソリン量が平均の212。

総合
 
0 58 23 0 23 34 0 24 50 212

中田さんが所有する星(鳳閣星とは)

中田さんは選手時代からいち早くインターネットを活用し自身のHPを所有していました。そしてその場所で彼のサッカーに対する考え方や実情について伝えていました。彼は伝達の星、鳳閣星をもちその星に向かって星が流れています。鳳閣星はありのままに伝えたい星、一時マスコミ不信にもなっていましたがあることないこと言われることは鳳閣星に星が流れる彼にとっては耐えられないことだったのでしょう。結果彼は早くから自分の状況を正確に伝える手段を得て今も日本文化の伝達者として活躍しています。

申酉天中殺 玉堂星↓(水) 天堂星・初年期
車騎星(金) 貫索星・守備↓(木) 石門星・和合(木)
天胡星 鳳閣星・伝達(火) 天禄星

※ エネルギー(五行)は金⇒水⇒木⇒火(鳳閣星)と流れる。

 

まとめ

日本サッカー選手として世界中に名前を知らしめた初めての選手です。中田さんを知らないサッカーファンはいないほどに海外でも活躍しました。彼の引退後の行動には誰もが関心を寄せています。中田さんは中年期に天禄星(従星で2番目にエネルギーが大きい)を所有しますからセミリタイアというわけにはいきません。エネルギーが有り余って病気になってしまいます。エンジンが大きいのでそのエンジンを動かさなくてはならないのです。彼は引退後も筋肉トレーニング、エクササイズを欠かさないとか、それは余剰エネルギーの燃焼のためでしょう。伝達の星、鳳閣星を生かして日本の文化宣伝に大いに活躍してもらいたいものです。

 

※当サロンの「鑑定の流れ」

 

引退発表のブログ

「Hide’s Mail」のタイトル:“人生とは旅であり、旅とは人生である” 2006.07.03

~1985年12月1日 – 2006年6月22日~

俺が「サッカー」という旅に出てからおよそ20年の月日が経った。
8歳の冬、寒空のもと山梨のとある小学校の校庭の片隅からその旅は始まった。

あの頃はボールを蹴ることに夢中になり
必死でゴールを決めることだけを目指した。
そして、ひたすらゲームを楽しんだ。
サッカーボールは常に傍らにあった。

この旅がこんなに長くなるとは俺自身思いも寄らなかった。
山梨の県選抜から関東選抜、U-15、U-17、ユース、そしてJリーグの一員へ。
その後、自分のサッカー人生の大半を占める欧州へ渡った。

五輪代表、日本代表へも招聘され
世界中のあらゆる場所でいくつものゲームを戦った。

サッカーはどんなときも俺の心の中心にあった。
サッカーは本当に多くのものを授けてくれた。
喜び、悲しみ、友、そして試練を与えてくれた。

もちろん平穏で楽しいことだけだったわけではない。
それ故に、与えられたことすべてが俺にとって素晴らしい“経験”となり、
“糧”となり、自分を成長させてくれた。

半年ほど前からこのドイツワールドカップを最後に
約10年間過ごしたプロサッカー界から引退しようと決めていた。

何か特別な出来事があったからではない。その理由もひとつではない。
今言えることは、プロサッカーという旅から卒業し“新たな自分”探しの旅に出たい。
そう思ったからだった。

サッカーは世界で最大のスポーツ。
それだけに、多くのファンがいて、また多くのジャーナリストがいる。
選手は多くの期待や注目を集め、そして勝利の為の責任を負う。
時には、自分には何でも出来ると錯覚するほどの賞賛を浴び
時には、自分の存在価値を全て否定させられるような批判に苛まれる。

プロになって以来、「サッカー、好きですか?」と問われても
「好きだよ」とは素直に言えない自分がいた。
責任を負って戦うことの尊さに、大きな感動を覚えながらも
子供のころに持っていたボールに対する瑞々しい感情は失われていった。

けれど、プロとして最後のゲームになった6月22日のブラジル戦の後
サッカーを愛して止まない自分が確かにいることが分かった。
自分でも予想していなかったほどに、心の底からこみ上げてきた大きな感情。

それは、傷つけないようにと胸の奥に押し込めてきたサッカーへの思い。
厚い壁を築くようにして守ってきた気持ちだった。

これまでは、周りのいろんな状況からそれを守る為
ある時はまるで感情が無いかのように無機的に、またある時には敢えて無愛想に振舞った。
しかし最後の最後、俺の心に存在した壁は崩れすべてが一気に溢れ出した。

ブラジル戦の後、最後の芝生の感触を心に刻みつつ
込み上げてきた気持ちを落ち着かせたのだが、最後にスタンドのサポーターへ
挨拶をした時、もう一度その感情が噴き上がってきた。

そして、思った。

どこの国のどんなスタジアムにもやってきて
声を嗄らし全身全霊で応援してくれたファン――。
世界各国のどのピッチにいても聞こえてきた「NAKATA」の声援――。
本当にみんながいたからこそ、10年もの長い旅を続けてこられたんだ、と…。

サッカーという旅のなかでも「日本代表」は、俺にとって特別な場所だった。

最後となるドイツでの戦いの中では、選手たち、スタッフ、そしてファンのみんなに
「俺は一体何を伝えられることが出来るのだろうか」、それだけを考えてプレーしてきた。

俺は今大会、日本代表の可能性はかなり大きいものと感じていた。
今の日本代表選手個人の技術レベルは本当に高く、その上スピードもある。
ただひとつ残念だったのは、自分たちの実力を100%出す術を知らなかったこと。
それにどうにか気づいてもらおうと俺なりに4年間やってきた。
時には励まし、時には怒鳴り、時には相手を怒らせてしまったこともあった。
だが、メンバーには最後まで上手に伝えることは出来なかった。

ワールドカップがこのような結果に終わってしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
俺がこれまでサッカーを通じてみんなに何を見せられたのか、
何を感じさせられたのか、この大会の後にいろいろと考えた。
正直、俺が少しでも何かを伝えることが出来たのか…
ちょっと自信がなかった。

けれどみんなからのmailをすべて読んで
俺が伝えたかった何か、日本代表に必要だと思った何か、
それをたくさんの人が理解してくれたんだと知った。
それが分かった今、プロになってからの俺の“姿勢”は
間違っていなかったと自信を持って言える。

何も伝えられないまま代表そしてサッカーから離れる、というのは
とても辛いことだと感じていた。しかし、俺の気持ちを分かってくれている“みんな”が
きっと次の代表、Jリーグ、そして日本サッカーの将来を支えてくれると信じている。

だから今、俺は、安心して旅立つことができる。

最後にこれだけは伝えたい。

これまで抱き続けてきた“誇り”は、
これからも俺の人生の基盤になるだろうし、自信になると思う。
でもこれは、みんなからの“声”があったからこそ
守ることが出来たものだと思う。

みんなの声を胸に、誇りを失わずに生きていく。

そう思えればこそ、この先の新たな旅でどんな困難なことがあろうと
乗り越えていけると信じられる。

新しい旅はこれから始まる。

今後、プロの選手としてピッチに立つことはないけれど
サッカーをやめることは絶対にないだろう。
旅先の路地で、草むらで、小さなグラウンドで、誰かと言葉を交わす代わりに
ボールを蹴るだろう。子供の頃の瑞々しい気持ちを持って――。

これまで一緒にプレーしてきたすべての選手、関わってきてくれたすべての人々、
そして最後まで信じ応援し続けてきてくれたみんなに、心の底から一言を。

“ありがとう”
ひで