何に対しても真剣になれない20代を過ごす

私は20代何に対しても真剣になれない時期を過ごしました。最初の就職で東京の地方公務員になりましたが心から仕事に真剣に打ち込めません。そしてなぜ真剣に打ち込めないのか、また打ち込める仕事ははたして何なのかが全く分からない日々を過ごしました。働くのは当たり前のこと、理屈などなく真剣にならなければならないのは分かっています。ですが頭で考えても全く気持がついてきません。本屋に行って片っ端からあらゆる職業の書籍を読んでみても多少は興味が持てる分野がでてもそこに一歩脚を踏み入れる勇気がでないのです。一つ目の就職を失敗したという思いが強いからか次は失敗が許されないのではないか、次に就職で失敗したら次はもうないと真剣に悩んでいました。

 

仏教を始めとするあらゆる精神世界に興味を持つ

あらゆる職業の本を片っ端から読み漁るも自分が進むべき道が見えないことが分かり、絶望した後に私が手を取った本が仏教を始めとする精神世界の自本でした。現実の世界を探究しても答えが出ない以上探すべき道は精神世界しか残っていませんでした。藁をも掴むつもりで精神世界に没頭しました。最初に仏教、特に釈迦の考えに出会った時、これは自分の力ではこの境地には絶対に至れないことをすぐに理解しました。それまではどのような本を読んでもその考え方に至る過程はなんとなしに理解できましたし私自身が著者と同じような体験を積めば同じような考え方に至るのではないかという思いは芽生えました。ところが釈迦の考え方を目の当たりにした時これは私が同じような体験をしてもそこに至ることがないことを明確に理解しました。そこから何千冊と仏教を始め、スピリチュアル関係の本を読み漁りました。

 

この世とあの世の仕組みが分かってはくるが説明する術がない

何千冊と仏教を始めとする精神世界の本を読みあさり徐々にこの世、そしてあの世の仕組みが理解出来てきました。この世界に現存するあらゆる宗教が実は同じことを説明しまたその説明の仕方が異なっているだけなのも理解出来ました。最初は同じことを説明していたにも関わらず政治や文化、環境の変化によって表現が変わっていただけなのがいつのまにかその表現方法が偏り内容までもが変わってしまっただけなのも理解できました。そのため世の中の人々はいったい何の教えが正しいのかを迷うことになるのだと。しかしその一方でそれを多くの方に正しく伝える術がないそのような葛藤を抱きながら20代後半を過ごしました。

 

算命学との出会い、当たることで初めて実感出来る世界がある

そのような状況の中で算命学との出会いがありました。人には宿命があり、エネルギーがあり、運気のリズムがあり、馬力があり、役割がある。この世の中に生まれた役割を果たすために生まれてきたという原理原則。そしてそれぞれの生年月日はそれを表現するブループリントである。私はこの考えに出会った時に今まで学んできたこと、そしてそれを多くの方に伝える手段を見つけました。綺麗ごとをいくら並べたところでそれを証明することは出来ませんが本人は本人のことを理解しており算命学が表すその方の宿命がそこが当たっているかどうかは本人だからこそ確認する、実感することが出来ます。これで私の悩みは無くなりました。算命学を多くの方に伝えることが最も効率的にこの世の中を理解してもらえるきっかけになると確信しました。

東京の下北沢で算命学鑑定を始める

私は現在東京、下北沢で日々算命学鑑定を行っています。鑑定していて感じることは皆さん悩みはそれぞれですが本当に真剣に立ちはだかる壁と闘っているということです。一人として適当に向かい合っている方はいません。それぞれ形は違っても真剣にその課題と向き合い、必死に悩んでいます。もしも真剣になれない方がいてもその方は真剣になれないことに真剣に悩んでいます。算命学は気付きを促す鑑定ですから自分自身は何者なのかと悩んだことがない人にはあまり気付きがありません。自分自身で悩み苦しみ自分と向かい合っているからこそ一回の鑑定で多くの気付きに至るのだと確信します。多くの方にとって少しでもお役に立てることを願い日々算命学の研究と鑑定を続けていきたいと思います。

 

※当サロン鑑定の流れ